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大阪高等裁判所 昭和30年(ネ)886号 判決 1957年12月26日

第八八六号事件控訴人(原告) 宮田雄一

第八八五号事件被控訴人(原告) 鈴木喜三郎

第八八五号事件控訴人・第八八六号事件被控訴人(被告) 兵庫県警察本部長

主文

第一審原告宮田雄一の控訴を棄却する。

原判決中第一審原告鈴木喜三郎に関する部分を取消し、同原告の本訴請求を棄却する。

第一審原告宮田雄一の控訴によつて生じた費用は同原告の負担とし、第一審原告鈴木喜三郎と第一審被告との間に生じた訴訟費用は第一、二審を通じて同原告の負担とする。

事実

第一審原告宮田雄一は「原判決中同人に関する部分を取消す。神戸市警察本部長が昭和二八年一二月一八日同原告に対してなした懲戒免職の処分を取消す。訴訟費用は第一、二審を通じて第一審被告の負担とする。」との判決を、第一審被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を、第一審原告鈴木喜三郎の訴訟代理人は第一審被告の控訴を棄却するとの判決を各求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、

第一審原告宮田において「本件懲戒事案発生当時神戸市警察の実情は一面点数制度によつて犯罪検挙を督励するとともに、他面その捜査の端緒の大部分はいわゆる聞込に依存し、いきおい牒報密告が重視され、それがため捜査官の犯罪情報提供方面への接近を馴致し、かゝる協力者に対しては諸種の便宜な取計をするのが一般的傾向であり、しかも物情騒然たる当時の社会情勢から治安維持の重責にある専任の捜査係は警羅係より実務上優位にあり、殊に平素多数重大な海港犯の発生している神戸港の警羅係は捜査係と緊密な関係があつて常時職務上の指導を受けていた事情もあり、捜査係から情報提供筋よりの依頼であるとして便宜の処置方請託を受けた場合、警羅係としてそれを断ることは至難の実情であつた。本件事案は捜査係巡査荒木竜男がかねてから聞込関係上接近していた親分東井祝一の依頼であるとしてその乾分である被疑者土生勲のため便宜の取計方申入があり、当時海港犯罪として時計の密輸入事件の如きは陸上の米穀闇取引事件程度の比較的軽微な犯罪と見られていた事情もあつて、当原告としては右申入を断り切れなかつた次第であるから、事案の発生を避けることは期待できない実情であつたのである。仮にそうでなくとも右情状を考慮に入れて判断すれば本件懲戒免職の処分は著しく過重である。」と述べ、

第一審原告鈴木喜三郎の訴訟代理人において、「当原告が第一審原告宮田雄一と一勤務単位をなして警羅に当つていたことは認めるがそれだからといつて、右宮田の作成した被疑事件の虚偽の報告書の内容を知り、同人がそのような報告書を作成提出することを承認したとしても、当原告がそれにつき責任を負担すべき理由はない。仮にそうでないとしても、第一審原告宮田の主張すると同様の事由で当原告にも真実の報告を期待できない実情であつた。」と述べ、

第一審被告において、「神戸市警察は昭和三〇年六月三〇日限り廃止され、その事務事項はその翌日以降兵庫県警察において管掌するところとなつたので、本件の被告たる地位も同警察本部長において承継した。

海港犯につき特別の重責を担つていた神戸市警察においては職員の公務上の規律につき特に厳格に処断し来たのであるが、本件事案は、密輸入犯人を検挙した司法警察職員がその証拠物件たる密輸入品を被疑者の親分の請託を容れ大部分を持帰らせて証憑を湮滅せしめた上、その事実を秘して虚偽の報告を作成して上司に提出し、結果において密輸入に協力した事件であつて、犯罪の捜査を至上使命とする司法警察の根本目的に背反する看過し難い非行であるとともに、他面被疑者の警察への蔑視を招き、一般市民の警察への信頼を失わしめ、警察全体の体面を汚染し威信を失墜させた重大事件である。本件において第一審原告鈴木は同宮田と共に時計密輸入被疑者土生勲と辻岡武重を逮捕し、偶々土生が時計を所持していたので実務上同人のみを関税法違反とし、他を住居侵入として取扱つたに過ぎず、両名は本来共犯であつて第一審原告両名において共同の報告書を作成すべきところを、本件では各自が直接自分の手で取押えた被疑者につき分担して報告書を執筆起草したに過ぎないのであるから、その報告上の責任は第一審原告両名とも両被疑者につき負担するのが当然である。第一審原告鈴木は同宮田から荒木の依頼につき相談を受けるや責任回避の消極的態度をとつたが、同鈴木には宮田を激励して荒木の不法な申入を峻拒すべき協同の職責(神戸市警察基本規定第九二条第二六条ないし第二八条)があるにかゝわらず、その義務を果さなかつた重大な責任がある。」と述べ、

たほかは、原判決事実摘示と同一であるから、こゝにそれを引用する。

(立証省略)

理由

神戸市巡査として勤務していた第一審原告両名が昭和二八年一二月一八日神戸市警察局長古山丈夫より同原告等主張のような事由で懲戒免職の処分を受けたことは当事者間に争がなく、神戸市警察本部長たる警察局長の職務権限が昭和三〇年七月一日以降兵庫県警察本部長の職務権限に移されたことは明白である。

しかして、昭和二七年七月二二日未明第一審原告宮田が同鈴木と共に神戸市水上警察署警羅係巡査として同市兵庫第一突堤附近の海上を警羅中時計の密輸入犯被疑者土生勲を逮捕し、右警察署に連行したが、被疑者の親分東井祝一の依頼を受けた同署捜査係巡査荒木竜男の請託を容れ、現行犯人逮捕手続書に被疑者土生が所持していた時計の個数を事実より少く四〇個と記載した上捜査係に引継いだことは、右原告宮田の認めるところであり、第一審原告鈴木においても、右宮田が荒木巡査の請託を容れて前記の通り虚偽の現行犯逮捕手続書を作成したこと、同手続書に同原告鈴木も作成名義人となつていることは争わないところである。そして成立に争のない乙第三、五号証、第六号証の一ないし一〇、第七、八号証の各一、二、原審証人芳賀峻、同安岡利平、原審及び当審証人村上隆士当審証人山本善作の各証言に原審での第一審原告両名本人尋問の結果の各一部を綜合して考察すれば、第一審原告宮田は指名を受けた司法警察職員、同鈴木は司法巡査として密輸入犯検挙の目的で、前記日時場所において共同警羅中同所に碇泊中の英国汽船イーサン号上に二名の密輸容疑者を発見し、現行犯として同宮田はその内土生勲を、同鈴木は他の一人辻岡武重を各取押えて、両名を共同逮捕し、神戸水上警察署に引致の上土生の身体を検査した結果、密輸入品である時計多数(後に約三〇〇個と判明)を見出したが、被疑者土生は連行の途中から密輸品の個数を二〇個として取扱はれたいと第一審原告宮田に懇請し、容れられないと知るや、逮捕現場附近から同行して来た親分東井祝一に連絡し、同人からかねて知合つていた前記荒木巡査に依頼し、同巡査から、右のようにして被疑者等の頼む趣旨を知つている右宮田に「何とかしてもらいたい」と執拗に頼み込み、暗に時計の個数を僅少にして事件を処理されたい旨を請託し、右宮田は共同逮捕者たる第一審原告鈴木に相談したところ「刑事は捜査の都合上これ等の連中を利用することもあるのだから荒木刑事の言うことも止むを得んであらう、この場合君に委すから君の思うようにして呉れ」と返答し、荒木の請託を容れるも異議のない態度をとつたので、第一審原告宮田は意を決して被疑者等に「持つて行け」といつてその時計の大部分を持帰らせ、残つた四〇個につき差押調書を作成するとともに、同個数の時計の密輸入現行犯人として土生勲に対する逮捕手続書を作成して所属長に報告したが、第一審原告鈴木もそのことについては前記のように委せていたので、起草者たる宮田において鈴木と共同名義で同手続書を作成したものであること、右虚偽の手続書作成事案が発覚したので、神戸市警察局長は同市警察基本規程第一一一条に基き懲戒委員会の審査を経た上で同規程第一〇九条第一一〇条に基き冒頭認定の第一審原告両名に対する懲戒免職処分に及んだいきさつを認めることができる。この認定に反する原審での第一審原告両名本人尋問の結果は、前掲証拠に照し信用できないところであり、他にこれを動かすに足る証拠はない。

ところで第一審原告鈴木は、密輸入時計を所持していた土生を逮捕し取調べたのは同宮田であつて、当原告はこれに関係がなくその現行犯人逮捕の手続書を作成する職務上の義務はないから、当原告には規律違反はないと主張するが、成立に争のない乙第一ないし第四号証、前掲乙第五号証、原審証人安岡利平、原審及び当審証人村上隆士の各証言によれば警羅員は所定の受持区に所属し、特に海上警羅員の警羅勤務は二名以上をもつて一勤務単位とし、一勤務単位内において犯人を逮捕した場合はその共同責任において逮捕手続書を作成することゝなつていることが認められ、前記逮捕当時第一審原告両名が同一受持区において同一勤務単位に属していたことは第一審原告鈴木の認めるところであり、しかも右土生の逮捕が第一審原告両名によつて共同してなされたことは前認定の通りであるから、その逮捕調書の作成については同原告鈴木にも共同の責任があるというべく、その起草を、たまたま自らの手で取押え取調に当つた第一審原告宮田が、担当したからといつて、その内容と共同名義の作成につき前叙の通り予め諒承している同鈴木にその作成上の責任がない筈はない。右抗弁の採用し難いのは勿論であるのみならず、本件懲戒処分は誤認された事実に基くという同原告の主張もまた失当である。

第一審原告両名は右の場合警羅巡査に規律の遵守を期待することは当時の警察の内情から不可能であると主張するが、たとえ牒報入手の都合上司法警察員がそれを得易い方面へ接近する場合があるとしても、それがため情報提供筋からの請託を容れて犯罪の検挙上手心を加えるというのであれば、捜査上の重責を担う警察のあり方として全くの邪道というべく、いやしくもその使命を自覚する正常な理性と見識のある普通の司法警察員であれば右の理の解らぬ筈はなく又前記のような不正の請託を拒むに足る意思力を有する筈であつて、当時の神戸市警察の実情の如何はこれを問うまでもなく、規律遵守の期待可能性がなかつたとして責任を免れようとする右抗弁は到底認容できない。

次に第一審原告等の本件は過重な処分であるとの主張につき判断する。元来本件のような行政庁における所属公務員に対する懲戒処分はいわゆる特別権力関係に基く行政監督権の作用であつて、懲戒権者が懲戒処分権を発動するか、懲戒処分のうちいづれを選ぶかは、その行政庁が担う行政的使命遂行のために従属公務員の職務上の規律や品位の保持を必要とする範囲内において、その自由な裁量に従つて決定すべきである。と解するのが相当である。たゞその懲戒が事実上の根拠を欠くか又は選ばれた処分が社会観念上著しく妥当を欠くような場合に始めて違法性を有するのである(昭和三二年五月一〇日最高裁判所判決参照)そしてもともと警察は、公共の安全と社会の秩序の維持のため犯罪の捜査、被疑者の逮捕などを、その主なる使命の一とするものであるから、警察官たる第一審原告らが、前段認定のような行為を敢えてすることは、第一審原告宮田については、いうまでもなく、同原告に比するときは、その情において幾分軽い第一審原告鈴木の行為と雖も、なおはなはだしく警察官たるものの使命に反するものといわざるを得ない。本件懲戒処分が事実上の理由に基くことは前叙の通りであるし、第一審原告両名主張のような情状ありとして、各々これを斟酌して前記規律違反の非行に基く本件懲戒免職処分を見ても、前示警察の使命に照すときに、それが社会観念上著しく過重であるとは、第一審原告宮田については勿論、同鈴木についても、考えられない。第一審原告両名は情の重い前記荒木竜男(同人は収賄している)が懲戒免職になつたのに比較して、情の軽い(収賄の事実がない)自分達が荒木と同一の懲戒免職に処せられるのは権衡を失するし、第一番原告鈴木の情は同宮田よりも更に経いと主張し、当審証人山本善作の証言によれば、右荒木の懲戒免職処分理由に贈賄のほう助をしたことが加えられていることが認められるし、第一審原告両名の本件懲戒事由に収賄の事実がないことは前記の通りであり、右三者間に荒木、宮田、鈴木と順次事情に軽重の差のあることは認められるが、その情の最も軽い鈴木についてすらなお本件処分を社会観念上著しく過重だと判断できないこと、叙上の通りであるから、それ以上の懲戒手段のない現行制度の下においては単に権衡を失するという理由では本件懲戒処分が過重で違法であるということはできない。その他本件に現れた全資料をもつて見ても本件懲戒処分を違法とするに足る著しい不当を認め得ない。

右次第故第一審原告宮田の請求を棄却した部分の原判決は正当で同原告の控訴は理由がないが、第一審原告鈴木の請求を容れた部分の原判決は失当であるから、これを取消し、同原告の請求を棄却すべきものとし、第一審原告宮田の訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、同鈴木のそれにつき同法第九六条第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 大野美稲 石井末一 喜多勝)

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